今回の『愛菓子案内人』は、黒棒のお話です。


今回は黒棒というものをご紹介します。

黒棒というのは九州の久留米の近辺で有名になった地域限定的なお菓子です。

小麦粉をパンのように焼きまして、それに黒糖をドボンとつけて乾かしたものです。

黒糖じゃなくて白砂糖を使ったもので白棒と言われるものもあります。日本全国に今は並んでおります。

黒棒これ、食べたことないですか?

ちっちゃい時、駄菓子屋さんに行った時、当てもんでしませんでした?

(紙を)ピュっとめくるとね、「小」って書いてある…。そしたらこの大きさ(普通サイズ)の黒棒なんです。

「中」って書いてあったら、この倍の大きさのん(黒棒)が食べられるんです。

「大」って書いてあったら3倍のん(黒棒)が食べられるんです、同じ10円で。

僕は、当てもん菓子で最初に黒棒を認知しました。

黒棒っていったら当てもんです、と私は思ってるんですけどね。

それがこういうスッとしたアカ抜けしたような包装デザインになって全国ネットになってきたということは嬉しいことであります。

クロボウやるから泣き止めと

母の背中で泣き止んだ

あの日の続きを今泣こう

黒棒恋し

母恋し

1976年に紺綬褒章を受章された洋画家、福岡県八女郡(筑後市)出身の井上三綱氏(1899~1981)の詩です。

昭和の中頃からは、駄菓子の代表格として全国的に普及してきましたので、詩にもあるように母親やおばあちゃんを思い出す、あるいは幼い頃の駄菓子屋の思い出というイメージが強いですが、地元では蜂蜜、抹茶などを混ぜ込んだ高級感のあるものもあり、お土産やギフトなどでも喜ばれています。

筑後地方では古くから小麦の栽培が盛んで、筑後川と矢部川の水流を利用して水車で小麦粉を作ることができたことから、独自の小麦粉文化が発達し、また、サトウキビも各家庭の庭などで栽培されていたことから、黒砂糖もごく身近な食材でした。

さらに南蛮から長崎経由で南蛮菓子の技術がもたらされ、家庭で作る身近なお菓子として、馬車引き羊羹(筑後地方)、切駒(佐賀地方)、げたんは(下駄歯 鹿児島地方)などと呼ばれて地元の味として愛されてきました。

ちなみに「黒棒」という呼び名は、明治天皇が明治40年にこの地に行幸された際に、このお菓子を献上したところ名前を聞かれ、方言では失礼にあたると、見た目のままに「黒棒」でございます、と答えたことから定着したと言われます。

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